園主 岡田 勝秀
第一章 バラ園の始まり
私がバラに恋をしたのが若き頃のある日、昭和38年5月のことだった。街角の民家の板堀の上から、無造作に伸び茂った深紅のつるバラ出会いから趣味としてバラ造りを始めるようになっていった。
しかし、バラの手入れの仕方がわからなかった、誰かに教えてもらうことも出来なかった。当時の街の書店を見て回っても片田舎だったため、バラの手入れの本など全くなかった。
そんな時、新聞広告に某出版社から「バラ12ヶ月」という本が発刊されることを知り、それを手に入れた時は感動をおぼえた。
アーチ・トレリス・ポール・ベット等のつるバラ、HT、FLを毎年2本、3本と株数を増やし、70株ほどでそれなりの小さなバラ園ができた。花の咲く季節はすばらしいものであった。そんな時に父親から「本格的にバラ園を造ろうか」と提案されたことが、バラ園造りの始まりだった。
第二章 バラ園の設計
土地は総面積2万坪、この土地は県道で二分されている土地だったが、これを利用して片田舎のバラ園造りを始めることにした。まず、周囲の樹齢70年ほどの山桜・松・もみの木等の木々を残しつつ周囲に桜を植樹した。最初に二分されている土地の片側一部の約1500坪をバラ園にすることにし、園内の設計は自ら行うことにした。
二重の円形の通路と中心から放射状に通路を敷設し、外周はフェンス・トレリス・ポール等のつるバラ、内部にはHTやFL系を植栽していった。
第三章 バラ園の完成と考察
完成したのが1968年(昭和43年)、「双葉ばら園」としてオープンすることとなった。何もない田舎に突然バラ園が出現したためか大勢の入園客でにぎわった。
だが、この小さなバラ園で気付かされた事があった。趣味の延長の考えで造ったこともあり、バラを植えれば、バラの花のショーを見せれば楽しんでいただけると思い込んでいた。しかし、これではバラ畑、バラ花壇である。このバラ園には手を加えずそのままにしておき、もう片方の土地を別のコンセプトのバラ園に拡張造園することにした。
何かヒントが無いか、各方面の様々なバラ園を見て回った。バラの旅である。方々のバラ園を見たがなかなかヒントになるようなものは無かったが、関東地方の某バラ園に行ったときだった。
園内に入った瞬間ヒントを得た、「空間」「緑」これだ!と直感し胸をふくらませて帰路したことを今でも思い出す。(後に再び訪れた時は増殖され、バラが渦巻いていた。私にとっては残念な風景に見えました。)
第四章 新たなるバラ園の設計
帰路についた私は設計に悩んでいた。土地が広大なために造園会社に依頼しようかとも思案した。しかし、バラの事が解らない人に設計を託すことは無理だと考え、今回も自分で設計することにした。
前回造ったバラ園の欠点をふまえて設計する自信があった。バラ園予定地は面積は1万坪で地形は全体的に平地だったが、中央左側がわずかにスロープ状になっていて奥の方まで一目で見ることができた。続いてその奥が3mほど低い平地で2000坪ほどあり、バラ園を造るには全体的に面白い地形だった。一気に拡張することは無理だったため、まず計画地の三分の二を拡張することにした。それらを徐々に自分達の手で完成させていくことにした。
周囲の山々の借景を頂きながら自然・緑・空間・バラ、これらを軸にバラ花壇ではなく、バラ庭園を造っていった。土地が広いため、ポールやアーチ等では立体感が乏しいのでヒマラヤスギやコニファー等を植樹することにした。バラを植栽する所以外は全面芝生に、通路も幅を広く取り芝生にして、緑の空間を多く取り入れた。バラも全体的に密植を避けた。
そういった技法を取り入れながら造園が進んでいくが、樹木の配置には頭を悩ませた。
最初から大きな木々を植えることは不可能だったため、10年後、20年後の木の生長を想像しながら植栽位置を確定していかなければならなかった。特に正面から見た時の風景を重要と考えていた。正面は園内を一望できるポイントであり、思案しながら図面と向き合っていた。
幾度と無く正面の現地に立って園内を見つめていた。思案の末に絵画の構図技法の一つを取り入れることにした。
これで樹木の配置が決定したが、もう一つ気になる所があった。中央左側がわずかにスロープ状になっているため、奥の方まで見えてしまう。奥の方まで一気に見えてしまうと園内を散策する楽しみが減ってしまうため、中央から左側半分にアーチを間仕切り変わりに仕切ることにした。アーチの奥はどんな風になっているだろうと、探求心を抱かせるためだ。
悪戦苦闘の上、設計ができた。まだ余裕な所もあったが、その都度考えることにした。そしてオープンから5年後の1973年(昭和48年)春に第二バラ園としてオープンした。当時28歳の時だった。
「もっとバラを植えたら」等々、何度も言われたことがあった。木々の生長を考えれば10年20年待っていただければ、『必ずや心が癒されるバラ庭園』になると心で願った。
第五章 新たなる試み
そして1994年(平成6年)以前から心に秘めていた『原生種からモダンローズに至るまでのバラの歴史を辿るバラ園』を造ろうと考えた。その頃の国内ではでは原種やオールドローズ等の品種の数も少なく苗木も入手困難たった。
イギリスのピーター・ビーズル社から直輸入し1996年(平成8年)に『オールドローズの小径(こみち)』を完成。そして2005年(平成17年)に世界の原種、野生種の『野ばらの小径(こみち)』も完成しました。
入園口から入ると野バラと出会ってオールドローズの小径に入り、19世紀頃のヨーロッパの貴婦人を想いはせながら香りを楽しみ、そしてモダンローズと進めばバラの歴史の流れがわかると思う。
第六章 今後の躍進
当園はリピーターの方々が大変多い、よく声を掛けられる「来るたびに良くなるね・・・」と、ありがたい言葉である。これからも心癒されるバラ園を造っていこうと。
振り返ればオープン以来今年で40年になるが、急がず、焦らずバラ園造りに汗を流してきた。今度はまだ三分の一のバラ園計画地が残っている。構想はできている、自然・緑・空間を取り入れ落ち着いた雰囲気の「森に沈むバラ園」を完成させたいと思っている。だが、焦る時もある。そんなときは知人が言ってくれた言葉を思い出す。「イギリスやフランスの名庭園は百年掛けて造ったのだから・・・」と・・・。